いろんなものはつながっている

国語の授業とは

村上さんのところの公開が今日でおわった。帰宅の通勤電車の中で読んでいたけど全部はよめなかったなあ。(行きにはよまない。朝から休日の昼下がりのような気分になるから)

回答の中で何度か、小説を理解しようとする必要はない。理解できたかどうかすらわからなくてもいい、雰囲気を感じ取ればいいのでは。ずっと忘れられない雰囲気をつかむことができればそれがいい、とっいたことを何度か回答していた。

学校で習う国語の授業のとてつもないつまらなさはここにある。

国語の授業はすごく大切だとおもうのだが、小説に無理やり解説をつけるのはどうかと思う。どう感じたかなんて、読んだ人の知識や置かれた環境やそのときの気分によってちがうんじゃないかな。

国語の授業では、読んだことでも経験でも自分で感じたことをなるべく正確に表現するスキルを教えたらよい。そのスキルが身につけば、インプットして自分で考えて、アウトプットするというサイクルをどんどんまわすことができる。楽しいではないか。

ないものねだりかもしれないけど、以前ニュースでみた灘高での国語の授業は日本の国語の授業の1つの解ではないかと思ってしまう。今度、

受験においても国語なんて授業の内容が得点結びつくことはない。灘高での授業、うけたことないけどこんな、もやもやの一つのかいではないかと期待してしまう。橋本武氏の著書をいくつか読んでみよう。

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