いろんなものはつながっている

頭のなかにぼやっと浮かぶものを手を動かして書いてみるのは役に立つ

こんな記事を見つけた。

「問題文を読んでもそこに何が書かれているのかわからない」子を教えていた時のお話

家庭教師をしていて、、というくだりは自分も経験があり共感する。
そういうことだったのか。

勉強をするうえで何が一番大切かという話になると、「国語」が一番大事となることが多い。なぜならば、算数だって問題文がわからないと解けないでしょ、だから国語が一番大事なのって話。

これを聞くといつも、まあ、確かにそうだけど、算数の問題文ぐらい誰だってわかるでしょ、「国語」、なんてたいそうに教科と結びつけるのは無理があるでしょ、と思ってしまう。(余談ではあるが、この手と同じ話で、プログラミングをするのに英語の能力は重要、だって、プログラミング言語は英語でしょってのがある。これも、プログラミング言語にでてくる英語はifとかぐらいなものだから、プログラミングと英語は直接関係ない。ただし、マニュアルとかネットから情報を得るには英語ができたほうがよいから、まあ、あながちうそでもないか。)

でも、この記事を読んで、実際に読解でつまづいているということがあるんだあらためて認識した。もっというと「読む」ことはできるんだけど、読んだ内容を自分のなかでまとめて整理することができていないということかもしれない。

そのような場合、

とにかく問題文の内容を絵に描く練習をさせる。

というのは確かによいトレーニングだ。自分も家庭教師をしているとき、そうしてあげればよかった。

自分は文章にまとめるのがとてつもなく苦手で、とても時間がかかるし、かつ書いた文章を読みなおしても自分の言いたかったことを半分も表現できていない気がする。仕事で書類を書くのに、他の人はなぜこんなにすらすらかけるんだろうといつも思う。

でも、これと、これがこう関係してて、という絵は比較的容易にかける(けっして絵が旨いわけではない)。

だから、もしかして自分は自然と頭のなかでも絵をかいて物事を理解しているのかもしれない。

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