いろんなものはつながっている

エリートの経験に裏付けされたわかりやすい言葉

細谷英二氏が67才でなくなったニュースをみた。

りそなの再建で一時期よくメディアに登場していたときに名前を知った。「私はエリート畑を歩いてきた」とはっきりいっていたのが印象的で名前を覚えていた。

エリート畑を歩いてきたとメディアではっきりという人はなかなかいないというのもあるが、自分をエリートと自覚しているから、皆がやめておけといったりそなの再建を引き受けたのだろうか、と勝手に想像していた。

先日、Radikoで試験放送していた放送大学で、アテネの衆愚政治の説明を聞いて、自分のことをエリートという人が大変な仕事を自ら引き受けたことを妙に思いだすことになった。

エリートの反対の言葉として、「庶民派」という言葉が政治家を形容する言葉としてしばしば使われる。政治家にとって決して肯定的な意味にはならないと私は思うのだが、すすんで自らのことを庶民派という人も多い。

政治家を形容しているときの「庶民派」という言葉は、「私は庶民の方が嫌な思いをすることはいたしません」という意味だろう。嫌なことをしないようにするには比較的簡単だと思う。だって、何もしなければいいから。何もせずに先延ばしにすれば、ある特定の人がデメリットを被ることは比較的さけることがでる。悪化するときもみんなで悪化することになるので特定の人に攻められることも少なくなる。みなで悪化すると、そのうち悪化した状態に慣れそれが普通と思ってしまう、ということになるのではないか。

一家のお父さんや、町内会の幹事であれば、「庶民派」でいいと思うが、生きながらえるか滅びるかの立場にいる組織のトップが「庶民派」ではあっては、周りから搾取され簡単に滅びてしまうであろう。

ただ、政治家も「庶民派」を演じなければいけない事情があるのも理解できる。選挙権をもっている多くの人が、外交や経済の言葉を知らない人たちだ。その人たちに、国のこと、庶民の生活のことを真剣に考えた内容を伝えるのは簡単ではない。

池上彰氏がブームになるのもよくわかる。外部から大きな組織によばれた人が、その組織で成功するには、エリートとしての経験に裏付けされた理論を、多くの人に説明する能力が必要なんだろうと思った。

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