いろんなものはつながっている

いま遊びといわれてるものが仕事になる

いま遊びといわれてるものが仕事になる、と

このニュアンスはなんとなくわかる。

裏を返すといま仕事と思ってやってることの大半は今後仕事ではなくなる。仕事そのものがなくなるかお金はもらえなくなる、ということだ。

遊びといわれてるものが仕事になるというのは、なにも遊んでればいいというものではない。真剣に遊ばないといけない。例えばいまのプロスポーツや音楽だってその系統だと思う。真剣に遊ぶことで、その人しかできないことを作り上げ、人が感動して注目してくれてお金を払ってくれる、ということになる。

その対象が野球や音楽だけでなく、これまでは単なる趣味とか遊びといわれていたものにも広がるということか。

では、自分がその感覚についていけてるかというと、まったくついていけてない。

例えば、先日、ゲーム競技会の賞金で生活をしているプロゲーマーのドキュメンタリーをみた。ゲーム観戦がプロスポーツ観戦なみになっているという話をよく聞くが、番組をみても、なぜ、そんな多くの人が熱狂するのか共感できなかった。

でも、確かにゲームの観戦に熱狂する人たちが世界中に多くいるわけだから、自分の感覚がずれているといわざるをえない。

スポーツの観戦で熱狂する人がいるのはわかるのだが、ゲームの観戦で熱狂する人がいるのは違和感を覚える。

その違和感は何かと考えてみたところ、人がつくったバーチャルの空間での所作に熱狂している点だ。所詮、誰かが作った空間つまり手のひらでころがされているだけではないかと思ってしまう。
でも、考えてみたら、将棋だって、チェスだって、誰かがつくったルールの中での戦いなので同じことか。やっぱり自分の感覚がずれているんだろうな。

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