いろんなものはつながっている

ディズニーランド物語

ウォルト・ディズニーがディズニー社をどのように興し、現在のディズニーがどのように築かれていったかのお話。

この本の見どころはなんといっても東京ディズニーランド開園までの経緯

ディズニーランドと同じものを日本に造ってもいいよ

いまでは東京ディズニーランドの魅力、集客力は誰もが疑う余地がないものだが、開演前はどちらかもいうと懐疑的な人の方が多かったみたいだ。

ざっくりいうと、誰もお金を出したくなかったのである。

ディズニー社も千葉県も日本の会社も。

ディズニー社なんてメチャクチャ儲けてていくらでも、キャッシュがありそうなもんだが、そうではないようだ。アニメーションにしろ、テーマパークにしろ、初期投資額が大きくバクチ的なところがあるから、それほど資金に余裕があるわけではない。(東京ディズニーランドの建設費は結局1000億を超えている)

しかし、新たな事業に投資するために資金は欲しい、でも、リスクは負いたくない、という状況であったという。

そんななか日本にディズニーランドをつくるにあたってディズニー社がだしてきた条件が、

アメリカのディズニーランドと同じものをつくってもいいよ、でも、土地を用意するのも、テーマパークを造るのもそっちでやってね。そんでもって、入場料売上の10%、物品販売売上の5%を頂戴ね、

というものだった。

これに対する、日本の対応は、こんな条件のめるか!というものだった。

とはいえ、これで話をおしまいにできない事情も日本側にあった。

もともと人を千葉に呼びたい千葉県が宅地ではなく公園用地に土地を開発し、人を都心から郊外に運びたい京成電鉄と三井不動産が千葉県の意を受け、購入。京成電鉄と三井不動産が出資してオリエンタルランド社をつくった。

しかし、京成電鉄は経営が苦しくなったため、さっさと土地を現金に変えたい、三井不動産も次第に儲かるかわからんテーマパークなんか造るより宅地として、さっさと売ってしまいたいと思うようになった。ディズニー社が提示してきた条件をみたら、ますますそうなるよね。

親会社に見放されたオリエンタルランドは土地は手元にあるとしても建設費のスポンサーを失ったことになる。では、どうしたか。結局、いざとなったら土地を宅地用に売ってもよいという千葉県のお墨付きをとりつけ、銀行からお金を借りることで建設費のあてをつけた。

親会社に見放されても、オリエンタルランドの社長さんがディズニーランド誘致に燃えてくれたおかげで今、浦安にディズニーランドがある。

悔しがるディスニー社

その後の展開は知ってのとおり。

でも、大成功、めでたし、めでたし、みんなハッピー、で話がおわらないところが、なんといってもおもしろい。

この大成功にディズニー社はくやしがった。

というのも、ディズニー社はリスクを冒してない=出資していない、ということは、いくら有利な条件で契約したといっても成功したときの実入りも少なかった。

また、ディズニーはロイヤリティ料として入場料売上の10%公園面積半分での物品販売の5%としていたが、日本人なら実感としてあるだろうが、ディズニーランドに行ったら入場料と同じかそれ以上におみやげを買ったり園内でごはんを食べる。そのことをアメリカ人はよめなかった。売り上げが一番ある部分での取り分がディズニーにとって一番少ないのである。

そうは問屋がおろさない

この(ディズニー社にとっては)失敗を教訓に、ユーロディズニーを造るときは、ディズニー社自ら多くを出資した。

しかし、ふたをあけてみると、人が来るには来るが、ヨーロッパのひとはそんなにテーマパークに日本人ほどお金を落とさなかったのである。

ディズニーランド開園の裏にこんな物語があったとはとても興味深い。
でも興味深いと感じるのはぼくだけで、妻にこんな話しても何の興味をしめさないし、夢を壊すなといわれる始末。たしかにそうだ。

最後に、、

ディズニー社が日本に提示した条件、”ノウハウは教えてあげるけどその他の準備や販売は自分たちでやってね、でもって売り上げの〇%頂戴ね”って、これとにたような商売やってるとこあるよな。

コンビニのフランチャイズってこれも似たような条件じゃないか?

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