いろんなものはつながっている

大人になって漢字がかけなくなるのはPCのせいではないのでは?

大人になって漢字が書けなくなったという話はよく聞く。自分もそうだ。(いや、自分はもともとあまり書けなかったか)

その理由はPCが文具にとってかわり文書が電子化されることに伴って書く機会が少なくなったからだという意見も聞く。もちろんそれを否定する意見も聞く。

また逆にPCの功罪を語るとき、罪の一面として漢字がかけなくなることをあげることもある。

諸説あると思うが、私は漢字が書けなるなる理由は日々書く文章の種類が限られていることが大きな原因だと考える。

この前の社内の漢字テスト(そんなものがある!)で「看破」が書けなかった。自分が普段仕事で文章を書いているとき看破という言葉はまず使わない。普段のプライベートのメールでも使わない。

つまり看破という言葉は日本語に存在していても現在の生活が続けば私は看破を書く機会は中学あたりで漢字ドリルで書いた以来もうほとんどないということになる。

その言葉を使って表現しなければならない出来事や感情を経験しなければその言葉は自分にとって遠い存在になる。

漢字が書けなくなるプロセスはこんなものではないかと思う。

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