いろんなものはつながっている

左派とか右派とか だからよくわからなかったのか。

日本とフランス 二つの民主主義を読んで右派とか左派とか、保守とか、そんな類の言葉の整理できた。

結局のところ、ざっくりいってしまうと、現在の世の中の仕組みでは、

資本家(もっている人) V.S. 一般庶民(もたない人)

という対立軸で成り立っていて、右派とか左派とか、そういった類の言葉もこの対立軸を別の言葉で表現しているにすぎないのでは。

ただ、日本ではちょっとこの考え方ではいろいろ説明がつかない。その理由は、資本家v.s.一般庶民の対立軸が不鮮明だから。

右派(保守、自由)、左派(改革、平等)という印象はどこからきた?

右、左の起源はフランス議会からきていることはよく知られている。では、なぜ右が”保守”=”自由”、左が”改革”=”平等”という定義になったのか。

そもそも”議会”というのは、王政の次の体制。その王政を倒したのは民衆ということになっているけど、全民衆ではなく、お金持ちの民衆=資本家だったわけ。だから、そもそも議会の主な構成員ってのは資本家。資本家は自由な経済活動を望み”議会ができた当時”のもともとの体制を望むので保守派となる。

一方、公平な世の中になるとおもっていた資本家以外の一般民衆は、資本家に富があつまり、自分たちが恩恵をうけることが少ないので、”平等”を訴えるようになる。それが”改革”=”平等”という図式になる。

アメリカでは自由主義、フランスでは平等主義がなぜ発展したか?

歴史からその成り立ちをとくのは当然だが、そこに「宗教」との付き合いかたがからんでくる。

アメリカで自由主義的民主主義が発展した理由は、アメリカがキリスト教の影響がとても強い国だから。のものでみな平等であり神に守られると多くのアメリカ人が考えている。

一方、フランスで平等主義的民主主義が発展した理由は、宗教ではなく国家を中心に考えているから。人間の平等は普遍的、法律的であり、聖書の創造論にもとづいた宗教上のものではない。単一の中央政府のもとに暮らす同胞という思想にとって宗教という権力が存在するのは邪魔なのである特定の宗教上の教えに基づいた平等は採用されえなかった。

アメリカの右派、左派

アメリカの2大政党は以下のように整理できる。
右派 共和党 自由 資本家より ブッシュ、レーガン
左派 民主党 平等 庶民より  クリントン、オバマ

でも、民主党はリベラルとよばれる。これは「宗教的」にリベラルということ。同姓愛、人工中絶、進化論に対して民主党はリベラル。これらはプロテスタントの厳格な宗教倫理では禁止されている。

共和党は厳格なプロテスタントであり、民主党はそれほど宗教に忠実ではない。プロテスタントでの平等の概念は、神は平等に人を創造しているというもの。したがって政治で平等をあらためて保証する必要はない。神から与えられた天職をまっとうすれば幸せになれる。不幸なひとは神の教えに従わなかっただけという解釈。神に選ばれたものが勝つという思想なので勝てば官軍という考え方になる。

日本ではなぜ、右派、左派の区分ができないか?

日本の民主主義の成り立ちは倒幕であり、これは武士が武士を倒しただけで民衆が王政倒したわけではない。だから、フランスのように資本家v.s.庶民という対立軸が形成されなかった。

資本家v.s.庶民の対立軸があいまいなので、日本の政党の主張は矛盾している。例えば、共産党は左派の流れであるのに、消費税反対や官僚の攻撃をしている。しかしながら本来は、左派=平等であり、そのためには大きな政府でのコントロールが必要である。したがって、むしろ消費税等で税金を集め、国(官僚)主導で政策をすすめていくことに賛成するはずである。

また、日本の保守派の主張も世界での文脈とはずれている。本来、保守とは今まで通り自由に経済活動を行うこと主張する側であるのに、日本では既得権益を守るという主義が保守主義となっている。それは、戦後、日本の社会がこれを自由民主党手動で護送船団方式がとられていたからである。

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